ヤキウドンを作るのだ!!

日曜日に中華食材店に行って、うどんを買ってきた。こっちのスーパーでも、大きいスーパーであればうどんは売ってるのだが、ただの細長い小麦粉のような乾麺で食べる気がしない。しかし、この中華食材店では、ちゃんと太麺のうどんが、冷凍されて売られていたのである。

もう開けた後で申し訳ない
 一年ぶりのうどん。宝のような存在だが、僕の冷凍庫があまりに小さく、うどんが入らないので長期保存が出来ない。宝なのに早く消費しないというパラドックスが起きているのである。

うどんを買ってきた時に、まず思い浮かんだのは焼きうどんである。というのも、僕は以前お好み焼きソースを買ったのだが、このソースを使う機会がなく、消費してしまうために焼きうどんにしたのである。大切な日本の食料なのにこれも結局お荷物的な存在になっている。

ほぼ使ってない。
 月曜の朝に、「今日の夜は焼きうどんだ!」と叫びながら家を出て、職場を出るときも「焼きうどんを作るぞ!」と張り切っていたのだが、家に近づくに連れ、気分が焼きうどんでなくなってきた。家に帰る時には、「もう麺類は絶対に口にできない。」とまで思い、結局スーパーでチキンを買って帰ったのである。

そして火曜日、昨日の気持ちにならないように、「僕は焼きうどんが大好きです。今日の夜は焼きうどんです。」と自分に言い聞かせ、なんとか家まで着き焼きうどんを作ることが出来たのである。

韓国産うどんの焼きもの。半熟卵を添えて
なんか最終的には義務感というか、まるで嫌いな食べ物を自分を騙して食べているような気もしなくもなかったがとりあえず焼きうどんは完成し、僕のスタマックに入っているのである。

しかし、うどんを一年ぶりに見たのだが、麺の太さに少々驚く。世界には色んな麺があるけど、うどんのような太麺っていうのはあるのだろうか。基本的には麺は茹でやすいように細いほうがいいのだけど、なぜうどんは太いのが正しいとされているのだろうか。

ヨーロッパの麺の代表と言えばパスタである。パスタは僕らが想像するよりも遥かに形にバラエティがあるのだが、なぜ日本の麺は「そばは細麺、うどんは太麺。それ以外は認めない!」という風潮があるのだろうか。食感や見た目で形を変えることは、食に対する思いの強い日本人には可能であると思うのになぜ麺だけ保守的なんだろう。そんなことを考えながら焼きうどんを食べていたのだが、残念ながら食べるだけでは答えは出なかったのである。