バルカン縦断 その1:リュブリャナへ

ヨーロッパを陸路でつなぐ旅も終盤に差し掛かってきた。残る国はEUに加盟していないバルカン半島と東欧のみである。今回はその中からバルカン半島の国々へ行ってきた。はじめに言っておくが今回の旅はこれまでで最も過酷で最もつまらない旅であった。

出発地点はイタリアの東の街ベネチア。そこからスロベニア、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、アルバニアを通り、マケドニアの首都スコピエがゴールとなる。まずスウェーデンのストックホルムからイタリアのベネチアへ飛ぶ。定刻に飛行機は出発し、ベネチア空港に到着した。空港からバスでスロベニアの首都リュブリャナへ向かう。出発時刻にバス停にいたが、一向にバスが来る気配がない。結局定刻の一時間遅れでバスが出発した。

今回の旅はバスを乗り継ぎ、その合間で観光しようと思っている。その時間はだいたい3時間ぐらいしかない。バスの到着が1時間遅れるとその分観光する時間が減ってしまう。リュブリャナも1時間遅れたため、滞在できる時間は2時間しかない。まずは腹が減ったのでレストランに入った。

今回の旅で行く国々ほとんどそうなのだが、事前に情報を調べることはほとんどせず、現地で見るべきものを聞き、おすすめのものを食べることにした。レストランに入りスロベニアで最もポピュラーな食事は何かと聞くと、ソーセージだと言われたのでそれを注文した。

スロベニアはイタリア、クロアチア、オーストリア、ハンガリーに囲まれ、ヨーロッパの中央近くに位置しているため交通の要所となっているらしい。そのため各国の料理が食べられているが、「スロベニア料理」というはっきりしたものはあまりないそうだ。ただし、魚よりも肉を中心に食べられているということはわかった。



15分ほどたち、料理が運ばれてきた。大きな2つのソーセージがザワークラフトと呼ばれる酸っぱいキャベツの上に乗っている。パンも付いてきた。朝からほぼ何も食べていないため、何を食べてもうまい。しかしソーセージを2つ食べると満腹になってしまい、ザワークラフトの大部分は残してしまった。


食事が終わりリュブリャナの観光を始める。あと滞在時間は1時間ほどしかない。丘の上にあるリュブリャナ城へ登っていく。12世紀に建てられたこの城は、王様の居住地というよりも敵から街を守る軍事的要素が強い建物として使用され、第二次世界大戦中は捕虜の収容所として活用されて来たらしい。この日は暑く、汗だくになりながら丘を登っていった。リュブリャナ城には到着したが時間がなかったため、中に入らずに丘を降りていった。





次に向かうところはドラゴン橋である。リュブリャナのシンボルとされる橋だそうだが、実際に見てみるとただ橋の入口に小さな龍の彫刻があるだけ迫力があまりない。龍の魅力はさておき、橋は1900年に建設されたリュブリャナ最初の鉄筋コンクリート構造物であり、当時はヨーロッパで建設される最も大きな橋であったらしい。オリジナルはライオンに翼が生えたものだったが、何らかの理由で龍になったそうだ。




ドラゴン橋を見終え、バス停に向かう。少し雨が降ってきた。屋根があるバス停でしばし待機する。しかし、やはり出発時刻になってもバスは来ない。ここでいうが、今回の旅で乗ったバスはすべて出発時刻あるいは到着時刻が遅れた。僕は今までヨーロッパでさんざんバスに乗ったがそのほとんどは定刻に来て定刻に到着していた。このバスの遅れが、この旅の疲れの要因担ったことは間違いない。