【My Vision】私が実現したい世界:機会の平等と、努力が報われる社会 #考える

 日々、目の前のタスクや仕事に追われそうになるとき、私はいつも「そもそも自分は何のために動いているのか?」という問いに立ち返る。

私という人間の根底を支え、進むべき方向を指し示す「ビジョン(実現したい理想の社会)」を、ここに言語化して残しておく。迷ったとき、軸がブレそうになったとき、いつでもこの場所に戻ってこられるように。

1. 「選べない初期設定」による不条理をなくしたい

私たちは誰もが、自分の意思とは関係なくこの世界に生を受け、異なる条件のカードを配られる。

  • 家庭の経済状況: 裕福な家庭に生まれれば、幼少期から質の高い教育や豊富な選択肢に恵まれ、さらに豊かになるスパイラルに入る。一方で、貧困な家庭に生まれた子供は、最初から選択肢すら知らされないまま不利益を被ることがある。

  • 居住地域(東京と地方): 都市部にいれば当たり前に手に入る情報や良質な教育の機会が、地方に住んでいるというだけで著しく制限されてしまう現実がある。

  • 生まれた国(先進国と途上国): 日本のような先進国に生まれるか、インフラも教育も整っていない発展途上国に生まれるかで、人生の難易度は決定的に異なる。

  • 性別や属性: 本人の意思ではどうすることもできない属性によって、不当な壁や既得権益に阻まれることがある。

子供は、生まれる家庭も、地域も、国も、性別も、一切選ぶことができない。 この「本人の努力や意思とは無関係な初期設定」によって、人生の可能性が最初から狭められてしまう社会の不条理を、私はどうしても看過できない。

私は、あらゆる差別と既得権益をなくしたい。 生まれ持った環境による不条理な壁を取り払い、誰もが等しく、自分の人生を自分の意思で切り拓ける世界をつくりたい。

2. 悪平等ではなく、「機会の平等」を徹底する

私が望むのは、結果を一律にする「悪平等」な社会ではない。 サボった人も努力した人も同じ結果になる社会は、不健全であり、人間の自律性や成長を奪ってしまう。

私が信じるのは、「機会の平等(スタートラインの平準化)」である。

配られたカードに関わらず、すべての人が同じスタートラインに立ち、同じルールのもとで、自分の意志と努力によって勝負できる社会。それこそが、本当に公平で健全な社会のあり方だと思う。

  • 競争はあっていい。むしろ、あるべきだ。

  • 怠惰に流された人よりも、自ら意志を持って努力を重ね、価値を生み出した人が正当に評価され、報われる社会にしたい。

  • だからこそ、その「競争」が始まる前の段階にある、教育や情報、技術へのアクセスにおける不条理な格差(既得権益)を、徹底的に壊していかなければならない。

3. 自分の領域から、このビジョンをどう体現するか

この壮大なビジョンに対して、一個人の力は微力かもしれない。しかし、無力ではない。

私が日々向き合っている分野において、このビジョンは具体的な行動へと翻訳される。

  • 情報の民主化とオープン化: 一部の特権的な組織や、資金力のある場所にしか存在しなかった高度な知識、技術、ツールを、誰もがアクセスできる形(オープンソースやオープンな仕組み)にしていくこと。

  • 教育・技術の参入障壁を下げること: 「地方にいるから」「専門的なバックグラウンドがないから」と諦める必要がないよう、初学者でも最先端の領域にアクセスし、自立して学べる環境や教材、システムを構築すること。

特定の場所に依存せず、世界中どこからでも同じスタートラインに立ち、己の努力だけで高い価値を生み出せる構造を作ること。それこそが、既得権益を壊し、機会の平等を担保するための、私なりの具体的な闘い方である。

結び:自分の人生を支配する「自律性」のために

誰かに決められた人生ではなく、誰もが自分自身の人生の決定権を握り、自律的に生きていけること。

その土台となる「公平なスタートライン」を整えるために、私は活動を続ける。 私自身が怠惰に流されることなく、努力が報われる社会の体現者であるためにも、このビジョンを胸に、今日も一歩ずつ、自らの領域を切り拓いていく。