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エッセンシャル思考

 2年前に買った本をまたもう一度見てみた。この本を一言でいえば、「無駄なことはするな」。2割の労働が8割を収入を占めているとよく言われるが、その2割だけにフォーカスして、その他はするなというのが趣旨。 そりゃわかるんだけど、そんなのうまくいかないことなんて山ほどある。仕事を断れば、仕事をくびになるかもしれないし、出世にも響くかもしれない。人生は短いのだから、やりたいことはすべてやりたい。 ただ、例えば以下のように考えろということなのかもしれない。 10のやりたいことがある。それぞれ10の階段がある。人はすべてを同じ時にスタートさせるが、そうではなく、まず1つを1段上がらせる。次にまたもう一つのやりたいことを一段上がらせる。 うーんわかりにくいか。 ①達成するのに必要最小限なものにフォーカスする。 ②必要最小限なものを達成するまで他のことはしない これでいいかな。

総裁選

 テレビで頻繁にやってる。いつも○×クイズみたいな感じになってるんだけど、キャスターvs候補者じゃなくて候補者どうしの討論もみたいな。やってるのかな。 高市さんがいいけど、今回の候補者誰がなっても良いかなと思う。

新幹線は混んでいる

 仕事で月に一回は新幹線に乗るのだけど、今日はわりかし混んでる。シルバーウィークだったからかな。だんだん人流も戻ってきてるのだろうか。僕は移動が好きだから、人が少ないのは結構快適だったんだけど、正常に戻ってきていることも嬉しいことだ。

magna50を見に行く

 原付バイクが欲しくて、色々バイク屋に行ったのだけど今は原付きはあまり売ってないらしい。なのでどうせなら狙い撃ちして買いに行ってみようと思って、中古のMagna50を売っているところに行ってみた。 Magna50を初めて見たのだけど結構かっこいい。ほしいなぁ。でももう絶版品で、質のいいものはプレミア価格がついて30万円ほどする。30万円だと、新品でクロスカブとか買えるからちょっと割高だなぁ。

新しいものは一週間で飽きる

 パソコンやスマホなど、新しいものはほしいのだけど、届いた瞬間はキラキラしてとてもテンション上がるけど、使ってくると一気にくすんでくる。 そりゃそうで、MacでもWindowsでもIphoneでもAndroidでもやることはそんなに変わらないのだから、普段とそこまで変わるわけではない。初めてパソコンの電源をつけたときは、まっさらできれいなのだけど、使ってくると一気に日常と変わらなくなってくる。 ipad miniがほしかったけど、ケースとペンを買うと10万弱するし、1万円のkindle fireとやることは殆ど変わらないのでここはぐっと我慢することにした。そりゃほしいけど、そこまで裕福なわけではないので。 かわりに、自動二輪の教習所に通うことにした。値段は5万円強。ちょうどipad miniの本体と同じぐらいの値段である。その値段で一生使える免許がとれるんだからこっちのほうがお得だよね。 ここ数年は、その前よりも少しだけ僕の中で金銭的に余裕が出てきたので、少しずつお金を使う量を増やしている。無駄なものも結構買ったけど、何が無駄で何が無駄ではないかというのは経験しないとわからないことで、その経験をするだけでも価値はあるかと思っている。 例えば、3千円を超える食事というのはどんなに金額を上げてもその分質が上がるわけではない。客層が変わるということはあるかもしれないが、質が高いから値段が高いのではなく、値段が高いから質が高いと思っているだけである。6千円のステーキランチを食べたことがあるが、お肉自体は2000円ぐらいのステーキと殆ど変わらない。2万円を超えるホテルというのはロビーが豪華なだけであり、部屋自体は1万円程度のホテルと変わらない。レストランが入っていたりするが、ホテルのレストランを使うことはなく、外に食べに行くのでそれは必要ない。レンタカーも値段が高い車とそうではない車にほとんど差はない。 しかし、安い麦茶とちょっと高い麦茶は明らかに差がある。50袋300円の水出し麦茶と20袋300円の沸かして作る麦茶には味に雲泥の差がある。こうやって何にお金を使うべきか、自分の価値観を確立していけば、無駄遣いというのはなくなると思う。

民族博物館のビデオテーク

 吹田市の国立民族博物館の入り口に、ビデオを見ることができるスペースがある。画面を操作すると、いろいろな動画が見れるようになっていて、それは裏で機械がビデオテープを自動で選んで再生してくれる仕組みになっているらしい。 今では全く珍しくないシステムだが、当時は画期的なシステムであったらしい。『民博誕生』で梅棹忠夫は、そのことについて論じている。今までは、一つのコンテンツを多くの人が見ていたのに対し、これからは多くのコンテンツを一人が見る時代であると。梅棹忠夫は「孤独のアミューズメント」と言っているが、まさにその時代になっている。YoutubeやAmazon Primeなどはまさに孤独のアミューズメントだ。 ただ、孤独のアミューズメントがメインになって、そのより戻しも起きていることも事実である。Youtubeでのライブでコメントがかけたりと、誰かと一緒に見たい・情報を共有したいという願望は今の人達でも十分にあるかと思う。

芸術教養講義3のレポート採点結果

評価 A 素点 85点 結構良かった。