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100分DE名著『ラッセル幸福論』:社会を幸福にする行動をとる

ラッセル幸福論の最後。正直正しく読み取れているのかよくわからないが、僕が納得したものを書いていく。 ラッセルは幸福になるには行動をするべきであると言った。その行動はどのようなものがいいのか。まず一つは、いろんなことに興味を持つこと。興味がたくさんあるのなら、たとえ一つがダメになっても他にすがることができるから。 行動は、「社会を幸福にするような行動」であるべきである。自分は社会の繋がりなしに生きることはできず、社会が不幸であれば自分は幸福になることは困難である。だから、自分のことばかり考えるのではなく、社会を幸福にするような行動をとること。そうすることによって、自分も幸福になれる。その際には他人から賞賛されることを決して望まず、その行動自体が自分を幸福にするものであるということ認識すること。自分が行っている行動は、そこまで大したものではなく、かつ利己的な行動である。見返りを決して求めてはならない。 そして行動はなるべく「困難であるが達成可能なもの」であるものが望ましい。 ということで、『ラッセル幸福論』終了。

2010年から2017年の11月

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Google photoがたまに、「この日の思い出」っていうのを作ってくる。よく見てみると、数年前の同日の写真だったことがわかり、「去年はこんなことしてたんだ」と少し楽しかった。ということで、今回は2010年から2017年の11月後半に僕は何をしていたのか写真を載せていきたい。

一年越しの味覇

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2ヶ月に一回ぐらいはストックホルムにある中華食材店で、カレールーやらカップラーメンやら大福やら買って帰る。ストックホルムには小さいながら日本食材店もあるのだけど、そこには多分日本人がいそうなので、数秒入ったことがあるだけで殆ど行ったことない。 ストックホルムに来たてのころ、この中華食材店で味覇を買おうとしたが見つからず、店員に聞いてもわからなかった。店員が裏でネットで調べると、これは中華ペーストながら日本のものだということを知った(詳細は以下の記事)。 https://amufaamo.blogspot.se/2016/10/oriental-supermarket.html そして、今日時間があったのでその中華食材店に行ったら、なんと味覇があったのである。 新品とさり気なく書かれてあるため、おそらく最近入荷したものだろう。きっと一年前に僕が尋ねたお姉さんが注文してくれたに違いない。一年かかったけど、買えるだけでもありがとう。謝謝小姐である。 これで僕の食生活も少しは華やかになりそうである。この写真を見ると、隣の柚子胡椒も買っとけばよかった。

[IS]オーロラを見に行く2:ひたすら氷河へ

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この旅は ウェブサイト にまとめてあります。 前日の夜にアイスランドに到着したときは大雨でオーロラどころではなかったが、次のはなんとか雨は降っていない。 僕はアイスランドの観光に関してはほとんど調べていないので、朝に友人とどこに行くか話し合い、ヨークルスアゥルロゥンという湖に行くことになった。何回聞いても覚えられそうにない名前である。ここは氷河が流れ、アザラシが泳いでいる湖らしい。9月のアイスランドは寒いとは言っても、雪がふるほどではないので本当に氷河があるのか疑問ではあったが、かと言って他に行くところがわからないのでそこに向かうことになった。 レイキャビクからその湖は車で6時間ほど。普通であれば1泊2日程度で行くところなのだが、僕達にはその時間はないので日帰りで強行することになった。どちらも海外での車の運転は初めて、さらに天候は安定せず疲れる運転となった。 途中、ガソリンスタンドで珈琲とパンを買う。アイスランドは僕が今まで行った国の中で最も物価が高く、珈琲とパンだけで800円ほどした。 レイキャビクを出て少しするととんでもない絶景になるが、永遠に同じような景色で流石に飽きてくる。アイスランドは日本と同じ火山の島であるが、島自体が新しく肥沃な大地ではない。さらに寒冷な天候であり、木があまり生えないのである。野菜等もほとんどは輸入に頼らざるを得ず、EUであるとは言え、輸送費がかかるため貧弱な野菜を高額で買わないとならない。アイスランドは「世界一幸福な国」とされ、さらに自然エネルギーだけで電気を賄っているため、日本ではときどきアイスランドを見習えと言う輩がいるが、環境が全く違うため、見習ったとしても真似ることは絶対にできないだろう。 運転を交代しながら、なんとか氷河湖に着いた。最初は心配していたが、たしかにたくさんの氷が湖に溜まっていた。この湖は小さな川で海とつながっており、海から氷河がゆっくりと湖に入っていき、溜まっていくのである。よく見るとアザラシも顔を出して泳いでおり、氷よりもアザラシのほうがテンションが上ったと友人が言っていた。この氷河の間をぬって進むボートツアーもあるのだが、また5時間かけて戻らないといけないので乗らなかった。 この湖の向かい側の浜は、ダイヤモンドビーチと呼ばれており、氷がビーチに転がって

アリorキリギリス問題

あるラジオを聞いて、「キリギリスが悪者というの考え方は違うんじゃないか」みたいな話を聞いて納得した。 アリとキリギリスはイソップ童話の中でもダントツに知名度がある。今を楽しむキリギリスと、未来のために今苦労するアリ。そしてアリのほうが絶対に偉いという道徳。もちろん、あの話はかけっこでゴールする話なので、アリのほうが正しい。しかし、キリギリスを「今を楽しむもの」、アリを「未来のために今苦労するもの」と考えれば、どちらが正しいのだろう。 もちろん、未来を顧みず、どか食いしたりお金を浪費するのはよくないというのは分かる。でも、例えば貧乏画家がお金を費やして絵の具を買うのではなく、未来のために貯金するのは正しいのだろうか。「未来のために生きる」のではなく「今を全力で生きる」べきなのではないだろうか。「それ、今しかできないよね?」と言われた時に、納得して諦めるか、「今しかできないからやってるんだよ」と言い返すのはどちらが正しいんだろう。 人間以外の生物はどうなんだろう。バクテリアの場合、栄養があればあるだけ吸収して分裂する。それはバクテリアに脳が無いからかもしれない。でも、例えばリスは、未来のために食料をためたりするのだろうか。満腹の場合は取っておく事はあるかもしれないけど、少し空腹状態でも、未来のために食料をとっておくことはあるのだろうか。 南極に取り残された犬が、食べ物を与えた時に次の日のために保存しておくという話があったが、果たして他の動物も未来のために今を犠牲にすることはあるのだろうか。そして、それは正しい生き方なのだろうか。 基本的に、快楽というのは生物にとっていい行いで、苦痛は悪い行いであるように進化しているのだから、今楽しいこと、やりたいことを続けていけば幸せになると思うのだけど、今苦痛を選択するというのが正しいと思われているのはなぜなんだろう。 答えは出てないけど、僕の生き方におおきな影響を与えそうなので、この答えが出ればいいな。

プロの共通点は仕事量

プロフェッショナルの共通点は、圧倒的な仕事量だということがわかった。彼らは単に効率的に仕事をこなしているわけでも、大雑把に仕事をしているわけでもなくて、とにかく時間をかけて素晴らしいものを作っている。 少なくとも、僕は睡眠時間や休日を削ってでも、今の仕事はやりたいと思わない。できれば定時に帰りたいし、実際にほぼ定時で帰っている。休日に出勤したのは年に一回だけである。 でもこれではどうしてもプロにはなれないこともわかっている。僕はもともとスタートが遅かったので、速く走らないと追い越すことは不可能である。 それではほかの道に進むか。睡眠時間や休日を削って、さらに自分のお金まで使ってでもしたいことってなんだろう。

ロッククライミングから見る、日本とスウェーデンの国民性の違い

同僚が学会で、日本に行ってきた。彼はロッククライミングが好きで、日本でも室内のロッククライミングに行ってきたそうだ。そこで、日本とスウェーデンのロッククライミングのやり方の違いを教えてくれた。 日本のロッククライミングはかなり几帳面だそうだ。例えば、指導されるときにはちゃんとポインターでどこを持つなどちゃんと教えてくれ、登る人も決して無理はしない。 一方スウェーデンはもっとフリーであるらしい。実際僕も彼についてロッククライミングに行ったのだが、初めてでも誰にも指導されず、ロープもつけずにただ登っていった。届きそうにない突起をジャンプでつかもうとして、落ちる人もたくさんいた。 僕は、それはけが人が出た時に、日本の場合はお店が多大な非難を受けるからだと思ったが、彼はそれは日本人の特徴だと言っていた。全てのことに対して正確(Precise)であり、かつ恥ずかしいことをしたくない。たしかに、ロッククライミングでちょっと無理をして落ちると大変恥ずかしいかもしれない。 ロッククライミングから見る、日本とスウェーデンの国民性の違いでした。

人生は無常である

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僕の土日

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僕は去年から北欧スウェーデンの首都ストックホルムに住んでいる。海外に住んでいても、一年も経てばもう行くところがなくなる。更に僕は友人がいないので、休日にやることがない。 しかし、僕は家に閉じこもることが出来ない。僕は自分みたいな人のことを「引きこもり」ならず「押しこもり」と呼んでいる。僕が呼んだ所で何が変わるわけでもないのだがとにかく呼んでいるのである。 行くところが特にないときには、博物館や美術館に行くことにしている。ストックホルムには無料の博物館や美術館が数多くある。休日はなるべく仕事から離れた活動がしたいと思っており、美術館に行けばなんとなく現実離れすることができ、頭が良くなった気もする。今週は土日ともやることがなかったので、土日とも博物館に行ってきた。 まず土曜日は海洋博物館(Sjöhistoriska)に行ってきた。 ここは無料の博物館なのだが、立地的に中心地から少し離れたところにあり、今まで行ったことがなかった。 スウェーデンも海に面しており、昔はバイキングにより発展した海洋国家である。その海に関わる貿易や戦争に関したものを展示している。 正直僕はあまり興味がなかったのだが、思ったよりもいい博物館だった。 多くの砂時計も展示してあった。僕は小学生の頃砂時計と水時計が好きで、よく買ってもらっていた。男は必ず集めているものがあるとよく言われているが、僕は今集めているものはない。なぜなら、僕は今定住しておらず、いつどこに行くかわからないからである。荷物を運ぶようなお金もないので今はスーツケース一個分の荷物で生活できるようにしている。しかし、この砂時計を見た時、また集めたいと思った。 海洋博物館は1時間ほどで出て、次はその隣りにある技術博物館Tekniska museetに行く。ストックホルムには科学博物館が2つあり、1つはストックホルム大学の近くにある科学博物館、もう1つがこの技術博物館である。日本で言うと前者が上野の国立科学博物館、後者が科学未来館に似ている。  博物館自体はそこまで大きな博物館ではないが、視覚的にも面白い博物館だった。子供向けの空間が比較的多い。 日曜日は、現代博物館に行ってきた。現代博物館の行き方をGoogle mapで調べると、「2週間前に訪れました」と表示された。そ

100分DE名著 『ラッセル 幸福論』3:幸福になるには

前回の投稿で、不幸の原因は以下の二つと書いた。 1,不幸な人は、まず悲観主義である。自分で勝手に不幸な世界観を作り、そこに閉じこもる人。常に自分は世間から虐待を受け、自分は被害者だと思っている。 2,他人と比べたがり、他人の目を常に気にする人。他人の目を気にする人は、より一層世評に蝕まれる。 幸福になるには、簡単に言うとその二つを取り除けば良い。つまり、悲観主義にならず、人の目を気にしないこと。 悲観主義にならないために 1.悲観主義にならないためには、考えすぎるのではなくまず行動すること。これが出来ないから僕は不幸だと思うのであれば、まずそれをやってみる。すぐにでは出来ないかもしれないけど、その準備をする。とにかく行動すること。 2.悲観してしまう原因は宇宙から見ると瑣末でとるに足らないことであると認識すること。 他人と比べないために 1.他人と比べないためには、自分が今やっていることを全力で楽しむこと。例えば国内旅行している自分は海外旅行をしている友達より不幸だとは思わずに今やっている旅行を楽しむこと。 2.今やっていることは、他人から拍手喝采を浴びるためではなく、思想や感情を表現したいという止むに止まれぬ感情から来るものであること。そうであれば、他人からの評価が何であれ、続けることが出来る。 なんかこう考えると、SNSってやる意味って全く無いような気がしてきた。投稿するだけならまだしも、閲覧数を気にしたり、他人の投稿を見ることは不幸につながることがわかる。