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恐怖感を紛らわすために

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現在襲われている恐怖感や孤独感をどうにか取り除けないかと、椎名誠の本を買った。僕は作家の中で彼が1番好きで毎週のように図書館で借りていた。彼は200冊以上本を出していて、古い本も面白く安いのだが新刊を買ったのは初めて。千六百円はちょっと高い気がする。 彼自身、僕が今襲われてるような恐怖感以上のものに襲われていて、長い間不眠症に悩まされている。彼だけでなく、辛くなるのはほとんどの人が体験する。さらに、他人の辛さを感じることはできない。だからいかに自分が不幸かを人に伝えるのはやってはいけない行為である。でも、やっぱりそういう話を聞いてくれる人がいるのといないのではだいぶ気持ちが違うよなぁ。 できれば僕の中の椎名誠みたいに、誰かの精神安定剤となるような存在に僕はなりたいな。

孤独と恐怖

最近、酷い孤独と恐怖に襲われる。 例えば夜中の二時頃に恐怖によって目をさます。周りを見ても静かな暗い部屋しか無い。 こういう時に誰か隣に寝ていてくれたら、せめて同じ家に誰かいたら、と思う。人は1人では生きていけないとよく言うけれど、そのとおりですね。

居心地がよくなったら終わり

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春分の日をすぎ、サマータイムになって確実に日が長くなってきた。ついこの間までは午後4時には真っ暗になっていたにもかかわらず、現在は午後7時でもまだ明るい。 気温は未だ東京の真冬と同じぐらいの気温だが、今を春と言わないと、夏が来ないまま秋を迎えてしまうことになる可能性があるので、無理やりにも春と断定してしまわないといけない。 スウェーデンで春を迎えるのはこれが二回目。この環境に慣れてきたと感じると同時に、自分に嫌気がさしている。スウェーデンは(実は日本も)、僕にとってはOne of themの一つである。今の状況を特別視するわけではなく、僕の人生の通過点のうちのひとつにすぎない。それなのにこの状況が居心地よく、できればこのまま安定したいと感じるのは、よくない。僕は藍を使って、誰よりも青い青を作るのではなく、様々な色を混ぜて今までにこの世になかった色を作りたい。 しかしそのためには、孤独でなくてはならない。自分に相当の能力が無くてはならない。 安定したいという悪魔と変化したいという悪魔の戦い。どちらが正義なのかはわからない。

味気ある生活を

色々便利なものが出てきて、時短されるんだけど楽しいかどうかはまた別なんだなと最近思っている。ヒトはモノそのものに対して価値を見出すのではなく、そのモノを使った体験に価値を見出すからだろう。 例えばコーヒーを作る場合。 ドルチェグストのカプセルをはめて、ボタンを一つ押せばコーヒーができる。だけども、コーヒーを飲むという行為は、豆を挽き、お湯を沸かしてぽたぽたと落ちるコーヒーのしずくを見ることを含めてコーヒーを飲むということだから、面倒な作業を省いてはいけない気がする。 味気ないという言葉があるけど、その意味でいう”味気”は結構大事なんだろう。 ただ、ある行為に他人が入ると状況は変わる。一番よい例は仕事で、いくら手書きが好きだからと言ってパソコンを使わずに文書を作る行為は許されない。だからこそ、自分だけで楽しめるもの、これを趣味と呼ぶのだろうか、は自分だけの価値観で固めたいですよね。

サマータイム!

3月25日から、スウェーデンは1時間が早まりました。日本に1時間近づきましたね。でも、時差が8時間から7時間になった所でほとんど意味はありませんが。 僕は北の方にいて(あとでまた琴のことも書きます。)、Wifiのつながらない所にいたので、ケータイの時間は変わらないかと思ってましたが、自動的に変わってたみたいです。スマホやパソコンの時計だけを使ってる人はサマータイムになったことすら気づかないこともありそう。 こう考えてみると、人間はいかに時間にコントロールされてるかわかりますね。1時間ずれても、何も問題なく社会も1時間ずれて動いていくのです。 宇宙人が地球上のすべての時計を狂わせると、結構すぐに人類は滅亡できますよ。どんどん時計がネットにつながっていくから、簡単にできるようになりそう。 人類が文明を飼ってるのか、文明が人類を飼ってるのかよくわからなくなってきますね。

一週間チャレンジ(180326 - 180401)

さっさと来週の一週間チャレンジを宣言していきますよ。 来週のチャレンジは、「適度な運動を毎日する」です。 具体的には、 プールで泳ぐ 職場から中央駅まで R駅から自宅まで それぞれ30分ぐらいの運動です。 グラフも作りましたよ。 ただ、この一週間チャレンジは習慣化させるためにやってるので、ラジオ英会話をやらなくなったら意味が無いのです。だから来週もラジオ英会話は続けていきますよ。できるだけね。

妥協案 Amazon Locker

以前、 アマゾンで買った電化製品をスウェーデンに送るのってどうやるの? って言うの書きました。タブレットとかパソコンとか、機械系はアマゾンで買ってもスウェーデンに送れなくてエラーになるんです。 未だその解決策は無いのですが、その妥協案としてAmazon Lockerというのがあるのを知りました。要するに無料の受取所です。 例えばドイツに旅行に行くことがわかっていれば、それに合わせてAmazon Lockerに預けておけば、24時間いつでも取りにいける。自分でスウェーデンに持ち運ぶのは大丈夫なので、それで手に入れられると。 なんか、日本で爆買いする中国人の気持ちがちょっとわかる。

一週間チャレンジ(180319 - 180325) 達成

なんとか『ラジオ英会話』終了しました。1日15分がこれほど辛いとは。 ということで今週は達成したということで、来週は別の事柄を。

国籍関係なく、男は物を捨てられない生き物である

職場で壮大な大掃除があった。僕の所属しているのは研究所で、大量の化学物質があるのだけど、それを1つ残らずバーコーディングしていかなくてはならなくなった。 そこで1日かけて大掃除をしていたのだが、当然のごとく使用期限が切れたものやわけのわからないものが大量に出てくる。そういうものは捨てなければならないのだが、どうしても捨てられないやつがいて、結局冷蔵庫に戻すことになる。こういうのは国籍関係なく、捨てられない人は捨てられないのですね。 僕自身も大学を卒業するまでは全く物が捨てられなかった。東京に引っ越すときも実家で使っていたボロボロのソファをわざわざ運んだりしていた。買った方が安いにも関わらず。 ものに対する価値観が急に変わったのは大学を卒業して、引っ越ししなくてはならない時。その時に全く金がなくて荷物を運ぶことができなかった。その時に本を集めていたんだけど、一生懸命集めていた本をブックオフで売ったら、たった一万円にしかならなくて、僕はこんな価値の無いものを集めていたのかと落ち込んでしまった。その時からなるべく物を持たない暮らしをしようと思っているのです。 物を捨てられない人は、物を持っていることでコストを払っているということを知るべきだ。まず、物を置いている空間の家賃を払っている。さらに、物がたくさんあると探すのも時間がかかる。考えもシンプルにならない。 物が捨てられない人の100%は「何かに使えるかもしれない」という。しかし、現時点で得体の知れない物が、未来になって得体の知れるものになる可能性はない。更に得体のしれない可能性はあるけど。 ただ、物を捨てられる人と、片付けられない人はイコールではない。物を捨てられないけど片付けられる人はコレクターといい、両方できない人はゴミ屋敷まっしぐらですね。僕は捨てられるけど片付けは出来ない人かも。

アマゾンで買った電化製品をスウェーデンに送るのってどうやるの?

スウェーデンにはアマゾンが無いけど、アマゾンは基本的にどこでも送ってくれるので、海外のアマゾンで買い物ができます。日本のアマゾンでもアメリカのアマゾンでも。ヨーロッパにもドイツやイギリスにアマゾンがあるのでそこから送れば特に問題なく送ってくれます。 ただ、スマホとかタブレットとか電化製品はなぜかスウェーデンに送れません。エラーになります。理由は多分書いてあるけど、そんなの見た所で送れるようになるわけではないので見てません。 以前紹介したJelly proも、アマゾンでは送れなくてアメリカの会社のウェブサイトから直接買いました。 [持ち物]手のひらサイズのスマホ、Jelly Pro スウェーデンに住んでる人たちって、どうやって電化製品を買ってるんだろう。IT化、クレジットカード化はかなり進んでるし、人口が少ないのでネットショッピングは日本より盛んなはずなんだけど。ドイツとかに知り合いがいると、そこに送ってそこから送ってもらうとか出来るかもしれないけど。 アマゾンがないと結構不便ですね。AmazonとかGoogleとかYoutubeとか、超一強なものは、とりあえずそこに行けば良いというのでユーザーとしてはかなりいいですね。ただ、そこが悪さをしなければですけど。

やっと春分の日

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今日は春分の日。昼と夜の長さが一緒。明日から、スウェーデンのほうが日本より日が長くなる。 スウェーデンは緯度が高いので、夏と冬の日の長さの差が激しい。夏は夜11時ぐらいまで明るいのに対し、冬は午後4時には真っ暗になる。暗いというのは結構苦しいものです。 井戸の高さ関係なく、さらに北半球南半球関係なく、日の長さが世界中でおなじになるというのはちょっとした奇跡にちかい。365日のうちの2日だけ。このときは「日本と同じ時間をシェアしてるんだ」という気分になる。同じ気分は月をみているときも思う。満月のときは、世界中で満月になっている。 春と言っても、スウェーデンはまだまだ海に氷が浮かんでるぐらい寒いです。

ピリピリ、World wideな言葉

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スーパーで唐辛子を買った。 名前はピリピリ。 タンザニア等で話されているスワヒリ語も、唐辛子をピリピリとよんでいた。 そもそもこの名前はポルトガル語で、日本の辛さを表現する「ピリピリする」もここから来ているらしい。なんてWorldwideで、簡単で、可愛くて、味を表現するのにぴったりな名前なんだ。ピリピリより素晴らしい名前を僕は知らない。

警察馬の訓練

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ストックホルム市立図書館のとなりの広場で警察が、馬と一緒にいた。 ちょうど一年前に、夜の街を歩いてると警察が馬とパトロールしているのを目撃した。 ヨーロッパの警察は馬でパトロールするの? おそらくこの馬もパトロールで使われてるんだろう。 だからといって、そんなに馬を頻繁に見るわけではない。それを証拠に地元の人達も、馬の写真をしきりに撮っていた。日本だと警察は自転車に乗ってるけど、もしかしたら石畳だと自転車は使えないのかも。

一週間チャレンジ(180319 - 180325)

先週ははっきり言ってダメダメだったので、今週も同じ目標。 『ラジオ英会話』 これは個人ブログなので、見栄を張ってもしょうがない。だから、ダメなときはダメって報告します。 一日15分のことなのに、できないなんて情けない。 勝間和代さんが「めんどくささを歯磨きレベルまで落とす」って言ったけど、どうやれば落とせるんだろう。 ・月曜日 Done

一週間チャレンジの結果

自分から豪語していた一週間チャレンジ『ラジオ英会話』。結果は何と2/5。つまり二回しかしなかった・・・情けない。

村上春樹 『雨天炎天』

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ストックホルム市立図書館で日本語の本があると知ってから、よく本を借りている。今回借りたのは、村上春樹の『雨天炎天』。 以前読んだ『辺境・近境』に似た本で、村上春樹が旅をした記録。小説ではなくノンフィクション。今回は短い旅ではなく、ギリシャとトルコを数週間旅をした内容が書いてある。 村上春樹が好きな人って、村上春樹のライフスタイルがすきなんだと思う。常に淡々としていて、喜怒哀楽も激しくない。海外で優雅に暮らし、早朝に小説を書き、午後にランニングをする。小説に出てくるキャラクターのような生活。そもそも両方同じ人が書いた文章だから似てくるのは当たり前かもしれないけど。 この本で記憶に残ったのは二点。 1つは村上春樹の写真。元々ほとんど人前にでないけど、それは別にわざとでないわけではなく、出る必要がないからでないだけだということ。その証拠にこの本に沢山の本人の写真がある。 ヴァンネコと写真を撮る村上春樹。ちょっと若い。 もう1つはトルコのカフェで質問攻めにあっていたとき。どこに行っても現地のトルコ人たちに興味を持たれて辟易しているみたいだが、職業を聞かれた時に「ジャーナリスト」と答えていること。嘘をつくときはちゃんと嘘をついたと書いてあるので、おそらくジャーナリストというのは嘘ではないんだと思う。実際にこの本はノンフィクションなんだけど、村上春樹の代表は小説なので小説家と答えるものだと思っていた。 僕もこうやって旅をして本を書く人生にしたいなー。

日本国籍という既得権を持っている以上、何らかの責任はある気がする

日本のパスポートが、180カ国でビザ免除となりシンガポールと並び世界トップになったそう。 日本のパスポートは世界最強、180カ国のビザ免除 海外に渡航する側としては、ビザがないことに越したことないのでいいことですね。 先進国では似たり寄ったりの数字なんだけど、日本の隣国の中国とかではビザ免除はたった64カ国と、かなり違います。実際に同僚や友達に中国人がたくさんいますが、学会とかで海外に行く時に、ほとんどの人はビザがいらないのに中国人の人たちはわざわざビザを取らなくてはならず、かなりめんどくさそうです。 国籍というのは別に、自分の実力で取ったものではなく、たまたま日本に生まれるという偶然によって得られる既得権なので、それなりの責任はあるような気がします。強い既得権を持っている人は弱い既得権(っていうのか?)を持っている人にたいし、支援する必要があると思います。ただ、それをどうやって何をすればいいのか、僕には未だわかりません。
結局孤独感というのは どこか行ったり 何かを買ったりしても 特に なくなることはない 孤独感をなくす ためには日々 忠実に 生きていくことが大切なのだと思う

ヨーテボリ1日旅行

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これまでヨーロッパの国々を回ってきたが、実際に住んでいるスウェーデンの町はほとんど訪れていない。 せっかくスウェーデンに住んでいるのだからもっと他の街も訪れてみようと思い、今回はスウェーデン第二の都市であるヨーテボリに行くことにした。ストックホルムはスカンディナビア半島の、東の端にあるのに対しヨーテボリは西の端にある。スカンディナビア横断の旅である。スウェーデンの二大都市ということもあって、様々な交通機関があるのだが、深夜バスが最も安い。往復でも3000円であった。金曜日の23時59分ストックホルム発のバスに乗る(なぜ0時発じゃないのだろう)。 本日のバス最終便 バスに乗車したときはたくさん人がいたのだが途中の停車する場所でどんどん人が降りていき、実際にヨーテボリに向かう人はわずかであった。 午前7時到着予定時刻から約1時間程遅れ、ヨーテボリ中央バスターミナルに到着した。朝7時ではほとんどお店とかは空いておらず、やることもないためしばらく駅の構内で待つことにした。 ヨーテボリの駅は大きくはないものおしゃれな駅である。 駅の構内にはWeeping girlという泣いている少女の彫刻がある。これはイギリスのラウラフォードという彫刻家の作品であるらしい。 午前9時頃になって街が動き始める。一番最初に目指すべきはUniversiumという施設に行くことにした。 ここは平たく言うと、動物園や水族館そして科学館が一緒になったなんでもありの施設である。オープン時間である朝10時前にはそれなりに人が待っていた。スウェーデン人は並べと言われない限り基本的には並ばない。だから、いくら早く来ても、一番早く施設に入れるわけではない。 この間の入場料は190クローナといささか高いが、せっかくヨーテボリまで来たのだから入る。この建物の一番のみどころは、ジャングルを模した施設である。中は非常に高温で高温多湿になっており、鳥が放し飼いになっている。本当に動物たちが自由気ままに移動しているのでなかなか怖い。 どこに動物がいるのかわからない ここには水族館もある、大した水族館ではない。ストックホルムにも二つ水族館があり、僕は両方行ったが、そこもなんとも大変しょぼい。その一番の理由は、大きな水槽にほんのわずかしか魚

一週間チャレンジ(20180312)

早速今回の一週間チャレンジですが、 『ラジオ英会話を聞く』です。 一日15分、ネットのラジオ英会話を聞いて、ディクテーションしていきます。実は何回かやってるけど、続いてないんだよね。ちょうど週に5回だし、いけるかも。 ・月曜 Done ・火曜 Done

一週間チャレンジ

自分の能力自体がどんどん退化している気がするので毎日なにか勉強しようと思っている。でも今までの僕からすると、続かないのは目に見えている。だからできるだけハードルを低くする。ということで今日から 一週間チャレンジ というのを開始する。 ルールは以下の通り 週の初めに一週間チャレンジの内容を明確に書く 週に5回やれば達成 一週間にチャレンジは絶対に一つだけ(欲張って何個もやると絶対続かない。) そんな大したことないかもしれないけど、僕にとっては大したことなんだよ。 ということで、次の記事で一週間チャレンジの内容を書いていきます。

[持ち物]手のひらサイズのスマホ、Jelly Pro

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ずーーっとスマホを持ってなかったのだけど、その理由はでかすぎてポケットに入らないから。どうせ入らないならタブレットでいいじゃん。 ただ、ポケットサイズのスマホがあれば申し分ないので、探していたらあった。 その名もJelly Pro.トイレットペーパーの芯に入る大きさです。 アマゾンだと、スウェーデンに入れられないので、アメリカの本社から買った。 https://www.unihertz.com/store/product/jelly-pro/ 画面がめちゃくちゃ小さいので、文字とかは読みにくいものもあるが、どうせネットの文字は無駄なものなのでそんなのは読まなくていいかも。僕がスマホでやる操作に関して、使いごこちを羅列していく。 電話:問題なし。元々携帯って小さいものだったからこのくらい小さくても問題ない。 ポッドキャスト:Androidはポッドキャスト公式アプリがないので、非公式のものを使っているが問題ない。問題があったとしてもそれはアプリの問題 Bluetoothイヤホン:たまにつなげないことある。これって携帯の問題かな。 カメラ:はっきり言って画像は悪い。カメラ携帯がでてきたぐらいの画像。でも僕は写真はカメラで撮るし、別に良い。 Google map:よくない。GPSが使えないことがほとんど。 バッテリー:これが最悪。普通に使うと2時間ぐらいしか使えない。遠出ではモバイルバッテリー必須。これって結局荷物重くなるじゃん。 Instagram:他人の画像は見にくいけど、まぁいいやね。 ゲーム:操作は無理だと思う。でも無駄なゲームやる必要ないでしょ。 ということで、バッテリー以外は満足。ただ、バッテリーはかなり致命的。充電も遅い、減りも早い。遠出では使えないな。

孤独感を取り除くには

最近孤独感がひどい。職場にいる時もそうだけど、特に仕事から帰って家にいる時が孤独感を強く感じる。家に漂う沈黙が耐えられない。かと言って音楽も無理。誰かが喋っていてほしい。Youtubeで動画を探すが良い動画が見つからない。「水曜どうでしょう」みたいにかしこまってみる必要がなく、できれば5時間ぐらいあって毎日配信するような動画があれば1番いいのだけど、さすがにそういうのはないか。日本のテレビが恋しい。 孤独を感じるのは、環境のせいではなく自分の気持ち次第だというのはわかっている。たとえ草原の真ん中に住んでいたとしても充実した生活は送れるし、東京のど真ん中に住んでも孤独を感じる人はいる。 では、孤独を感じる人と感じない人の違いはなんだろうか。あるいは孤独を取り除く方法はどういうものがあるのだろうか。自由=孤独なのであれば、自分を何かで拘束していれば孤独感は感じなくなるのだろうか。 とにかく、何もしないことは孤独感を取り除くことはできないことはわかっている。だからとにかく今はあれこれ考えず、やりたいことはやり、買いたいものは買う、食べたいものは食べるといった行動をしていこう。
なんか、最近余裕が無いな。焦っても仕方ないんだけど。

[ES→PU]太陽の輝く海へ その6:ついに欧州最西端の国へ

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マドリッドから深夜バスでリスボンに向かう。リスボンには朝5時についた。スウェーデンより南にあるとは言え、5時はまだ暗い。更に雨が降っていた。 昼には飛行機に乗らないといけないのだが、それまでなにもしないのもつまらないので街の中心部に行く。日曜日の早朝ということで、ほとんどの店が閉まっていたが一見店が開いていて、そこで朝食を食べる。オレンジをそのまま絞った100%オレンジジュースと、ポルトガルの名物エッグタルトを食べる。オレンジジュースが体にしみる。 本当は、ポルトガルの最西端、つまりはユーラシア大陸の最西端であるロカ岬に行く予定だった。もともとこの旅も、沢木耕太郎の『深夜特急』を参考にしている。この本はインドから陸路でヨーロッパに行く話なのだが、ゴールがポルトガルのロカ岬なのである。僕の旅はまだ終わらないが、とりあえず区切りとしてロカ岬に行く予定だった。しかし、バスの予定を見るとどうやっても飛行機の時間に間に合うようにロカ岬に行くことが出来ない。残念だが諦めるしかない。 そのかわりといってはなんだが、リスボンから海を見ることにした。まだ寒いが北方のような厳しさはなく、何と言っても空が明るい。人は天気が良いだけで、ある程度幸せになれるものなのだ。 まだ時間があるので、リスボン名物であるトラムに乗ることにした。一体どこに行くのかわからないが、そこまで遠くに行かないことはわかっているので、乗ることにした。   乗った所でどういうこともないが、こういうのんびりした旅もいいものである。 正直リスボンは満喫してしまったので、また来るのかどうか微妙なところだが、とりあえず今回の旅はこれにて終了。

忙しければ青春しないのではないか

先週担当した講義が、まだ尾を引いていて、今週は結構切羽詰まっている。 講義は終わったのだが、その後のAssignmentがあって、その評価をしなければいけない。Assignmentというのは、要するに宿題。Homeworkというのは基本的には評価されることのない宿題であり、Assignmentというのは評価のされる宿題だということらしい。 学生が40人いて、僕は講義を二個担当したので、40x2=80の宿題を見なければいけない。実はAssignmentは他の人が考えたもの(数年前の使い回し)で、これがかなりの悪文でどうやって答えるのかわからない。そんななか、一生懸命学生は解いて提出してくれたので、こちらも一つ一つコメントしていかないといけない。果てしなくめんどくさい作業である。 最近、人生とは何かというのを常に考えている。それは僕が暇だからというのがあるのかもしれない。姜尚中さんの『悩む力』に書いてあったけれども、自分自身は何かということを問いかける時期を、「青春」というらしい。ということは僕は今青春の真っ只中にいるのではないかと思う。 暇だからそういう無駄なことを考えるということは、忙しければ考えることがない。自分探しをしないようにするには忙しくすればいいのではないか。 よく、残業が問題になるけれども、本当にみんなが問題にしているのであれば残業というものはなくなる。残業をすることで、サルトルのいう「自由の刑」から逃れて、自分自身に「これでいいのだ」というめんざいふをあたえている。 ただ、僕はやっぱり忙しいという生活はどうしてもできない。暇で思索にふけるような生活を僕はしたい。

[ES→PU]太陽の輝く海へ その5:マドリッドの駅で詐欺にあう

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サンミゲル市場でたらふく食ったあと、リスボンに向かうバスに乗るために駅に向かう。 駅の自動切符売り場のところに行くと、突然男性が話しかけてきて、どこに行くのかと聞いてきた。素直に駅名を言うと、素早い手つきでタッチパネルと操作し、僕に支払うように仕向ける。値段はカードの料金を含めて4ユーロほど。暗証番号を入力するが、なぜかうまくいかないとその男性がいい、となりの機械に行く。男性はまた素早い手つきでタッチパネルを操作し、支払おうと思いクレジットカードを入れ、暗証番号を入力するが、やはりうまくいかないといい、更に隣の機械にいく。三度男性がタッチパネルを使い、今度は紙幣で支払うことにした。 男性は僕が乗る電車を教えてくれ、僕は電車に向かう。親切な男性だったと思ったが、ちょっと疑問に思った。 クレジットカードの暗証番号を入力したあとで、エラーになるということはあるのだろうか。日常でもカードの刺し方が悪くてエラーになることは多々あるが、それはたいてい暗証番号を入力する前に知らせてくれる。 悪い予感がしたが、帰国した後にその予感が的中したことわかった。カードの明細を見ると、なんとチケット2つ分を買っていることになっている。つまり、ちゃんと変えていたのに、あの男性は買えなかったふりをして僕をとなりの機械に誘導したのだ。そのすきにおそらく男性はでてきたチケットを自分のものにしていたに違いない。わずか1000円ほどであるとは言え、やられたのは悔しい。 海外でそういう詐欺に合わない教訓は、とにかく話しかけてくる人から逃げることである。異国の地で、僕に用事がある人はまずいない。悲しいかな、それが現実なのである。僕もその教訓を知っているはずだったのだが、あまりにマドリッドの人が優しくてついつい油断してしまった。 しょうがない、彼に1000円寄付したと思うことにしよう。 電車でバスターミナルがある駅へ向かう。駅を出ると、郊外に来たようであたりは真っ暗である。どこに行けばいいか、キョロキョロしていると、前を歩いているおじさんが、「こっちだ」と声をかけてきた。先程の件もあり、少し警戒はしていたが、そのおじさんはキャンプ道具のようなものを持っており、旅行者の風体だったので安全だと思いそのおじさんについていく。念のためいつでも逃げられる距離を保って。 そのおじさんは実際

100分で名著 ブッダ『真理のことば』

仏教の教えを、一言で表すと「客観的に物事を見よ」。 すべての苦しみは、客観的に物事を見ることができず、自分が世界の中心であると考え、すべてのものは自分の思い通りに進む(執着)という誤った考えから発生する。 自分自身を含めて、すべてのものは自分の所有物ではない。なぜなら、自分自身を含むすべてのものは変わりゆき、実体がないからである(諸行無常)。 ここからは自分の考え。 しかし、「自分は世界の中心にいるのではなく、数ある人間のうちの一つに過ぎない」と考えると、自分の人生自体が価値のないものであるという結論にはならないのだろうか。客観的に物事をみて、それでも自分の人生には価値があると言えるのだろうか。 やはり「自分の人生には生きる価値がある」という大前提の上がないと、絶望の谷に落ちてしまう気がする。

『悩む力』:何が生きる力になるか

『悩む力』の書評。多分に自分独特の解釈あり。 人間は、自分の人生に意味を感じられなくなると、絶望的になってしまう。 それでは、生きる力になるものはなにか。それはお金や学歴などではなく、「私」というものを積み上げていく作業にある。 自分というものを積み上げていく作業では、自我が目覚める。自我とは「私とは何か」を自分自身に問う意識である。 自我が強いあまり、他人との間に壁を作り、自分だけの城を築く人がいるが、その人は必ず破滅する。自分を育てるためには、他者との相互認証しか方法はない。

休日って何をすればいいんだろう

最近本当に休日にやることがない。行くところは行ってしまったし。何をすればいいかわからない。 平日は休日が楽しみで、リフレッシュしたいのに休日になると何もやることなくて平日を迎えてしまうのはよくないな。 仕事というのはお金を稼ぐということと、他人を助けるという二つの役割がある。なら、それ以外の時間はなんのためにあるか。 1つは、リフレッシュ。なんか軽い感じになったけど、体を休める、掃除をする、精神的に仕事から離れること。 もう1つは、自分を鍛えること。体も精神も両方。 僕は旅が好きだけどその理由は上記の二つを満たせるから。非日常の空間に行くことで、日常から離れられるし、客観的にもなれる。 ちょっとブログも書けなくなったので、ここで一旦休憩

[ES→PU]太陽の輝く海へ その4:マドリッドの市場で暴食

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美術館のあとは、夕食のためにサンミゲル市場へ行く。よく考えると金曜の朝から食事らしい食事は一切していない。スペインは食事が美味しいので期待しながらサンミゲル市場へ向かう。 しかし、方向音痴が発動して一向にサンミゲル市場へたどり着けない。途中様々な人に道を聞いた。マドリッドの人はみんな優しい。ほぼすべての人が英語を話すこともわかった。 なんとか、サンミゲル市場へ到着した。 ガラス張りのモダンな市場。市場と言っても、夜までやってる。 中は、以外にもたくさん人がいた。 さて、まずは最初の食事。スペインと言えばパエリアである。パエリア屋があり、そこで注文して後ろのベンチで食べる。 5ユーロ。間違いなく美味しい。 次はオリーブ屋でオリーブ一個食べる。中にチーズなどが挟まってる。殆どの人はお酒のツマミに食べてるが僕はただの水を飲む。 次は魚介か肉かどちらかにしようか迷ったが、マドリッドは内陸なので肉にした。肉屋で小さなステーキを食べる。店員が巨大なナイフで切ってくれる。 ディスプレイにあったのは小さなステーキだったが、でてきたのは想像以上に豪華なものだった。そして肉がほぼ生。味付けは塩だけ。とてつもなくうまいのだが、あいにくパエリアを食べたあとだったので食べきれないぐらいだった。もう一度食べたい。 最後はフルーツジュースでおしまい。 ココは最高です。もし僕が王様だったら、僕の町にサンミゲル市場作りたいですね。 つづく

大学の講義をしてきた

僕は今大学のような所で雇われているんですが、今週の月曜、水曜と講義を担当していました。講義を受ける学生ではないですよ、講義をする講師の方ですよ。 日本の大学だと大学の講義はほぼ教授がやるんですが、こっちではわりと下っ端がやります。 内容は一応僕の専門っぽいことだったんだけど、実際は僕の全く知らないことを講義しました。例えて言うと、毎日パソコンを使ってる人が、上司に「君、パソコン使えるみたいだね。今度パソコンがなぜ動くかについて講義してくれる?」と言われたような感じです。本来だったら僕が学生時代に習ってても良さそうですが、僕は色々専門が変わってるので大学時代の知識がほぼ役に立ちません。 そのおかげで、先週の土日はほぼ講義の準備で潰れましたよ。もちろんお駄賃もなしですよ。給料のうちです。 英語だし、教えるのは大学院生だし、僕も初めての内容なので緊張しましたが、なんとか終わりました。講義をして、感じたことをここにつらつらと書いていきます。 1.臨機応変 まず、臨機応変というのは、その場で考えるのではなく予め準備しているカードの中から選ぶということ。 大学の講義は途中で、質問が来るのですが、その時に思いついたことをつらつらというと、ほぼグダりますね。だから、予めどういう質問が来るかを考えてそれを説明する準備をしていないといけないです。 2.学生が離れていくのを肌に感じる これはいつものプレゼンでも思うことなんだけど、僕のプレゼンに対して興味を持ってないとか、意味がわからないと聴衆が思っているときに、ビシビシ肌に感じます。なんか、みんな離れている感じ。そのかわり、注目してくれているときも結構肌に感じます。その時はいいけど、離れてるときの冷や汗感ったらないよね。政治家も「逆風を感じる」とかいいますが、実際に当事者はかなり風とか雰囲気を感じるもんですよね。 3.人は他者との関係抜きには生きていけない いきなり哲学的になって申し訳ないですが、現在の僕のテーマみたいになってるので書きます。講義が終わって、殆どの学生は無言で教室からでていきますが、中には「Thank you」と言ってでていく人がいます。それが嬉しい。たった1ナノでも、役に立ったという喜びがあります。 https://amufaamo.blogspot.se/2018/0