論文のレビューという作業をなくせないのか

論文のレビューの案内が来た。雑誌に載るような学術論文は、複数人がレビューして、正しい情報かどうかを確認したうえで出版される。そのレビューは似たような研究をしている専門家に送られる。僕は、アカデミアの世界では全く無名だし、研究自体もちょっと離れてしまったのだが、こうやってレビューの案内が来るのはうれしい。

レビューという作業にはお金が入らないし、業績にも全くならない。しかも、どういう基準でレビューしなければならないという指針がないから、文句をつけようと思えばいくらでも文句をつけられる。たまたま厳しい人にレビューが回るのと、適当な人にレビューが回るのでは結果が変わってくる。今のレビューという機能は、レビューする側にとってもされる側にとってもあまりうれしいものではないのではなかろうか。

もうすでに、オンラインで論文を見るのが一般化して、そもそも紙の雑誌を作っていないところもたくさんある。オンラインだと、投降後のコメントや質問などが自由にできるのだから、とりあえず世間に出して、コメントなどで正しいのかどうなのか決められるような仕組みはできないのだろうか。論文を投稿するというのは非常に手間がかかる作業で、英語のa, theの違いから、主張がおかしいというような指摘までさまざまある。しかも、あまりインパクトがない内容はリジェクトされることが多く、その失敗は公にならないために、また世界のどこかで誰かが同じ失敗を繰り返す可能性がある。

そうならないため、すべてをオープンにして、間違いなものはそこで淘汰されるような仕組みが作れたらいいんだが、そういう仕組みは作れないのだろうか。実際にこのブログにはレビュアーなんてもちろんいないし、htmlで見る限りは論文でもこのブログの記事でも同じ1記事なのだから、レビューという作業を後からしていけばいいんじゃないだろうか。

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